検索

日々歩く道に~グアナファト~

僕の今いる宿屋は、大きなドン・キホーテ像のあるセルバンテス公園のすぐそばにある。 カンパネロ通りと言う路地に面した宿屋を出て左側に進むと、建物と建物にかかった橋のような所にカフェがあったりする。 その橋というかアーチを潜り抜け左手に向かう。ホットドッグやチュロスを扱う屋台にニューススタンドを通り過ぎてしばらく道なりに行くと、テアトル・フアレス(フアレス劇場)とサンディエゴ教会が左に仲良く並んでいて、その反対側はウニオン庭園という沢山のカフェやレストランの並ぶ広場がある。 この界隈は夜になるとエストゥディアンティーナと言うギターやらマリンバやら沢山の楽器と歌うたいで構成される楽団だったり、流しの歌うたいなどの音楽で溢れかえる。エストゥディアンティーナは演奏しながら街を練り歩くのだが、幾らか払うと一緒になって街を練り歩けるそうだ。 木曜日の夜にはテアトル・フアレスにコンサートを見に行った。語学学校でチケットをもらって、学校の皆とアカペラグループのコンサートを見に行った。普段聞かないジャンルで行くのを少し躊躇ったが、普段劇場は見学するにも金がかかるのでタダで中に入れるだけでも良いかなと思って行ってきた。 コンサート自体もなかなか面白かったが、20世紀初頭に完成したその劇場の内部の装飾はどこかイスラムのテイストを感じさせるような精密な装飾などが施されていて美しくも不思議な空間だった。 それらを通り過ぎると街のシンボルでもあろう黄色い教会、バシリカがそびえたっている。その眼下にはラパス広場という小さい公園と広場があり、その広場には日よけを差したレストランのテーブル

今宵は満月~グアナファト~

宿のドミトリーのベッドとは比べ物にならないほど上等なベッドで眠ることが出来た一晩限りのホームステイ。 朝にはパンとフルーツとコーヒーまで出てきた。ホームステイも悪くないなぁ、なんて思う。 玄関というかアパートの入り口のカギを閉める都合もあって、おばさんは3階から1階まで一緒に降りてきて来てくれて、玄関口で僕たちはお別れした。 ああ、ホームステイしていた女の子の名前くらい聞いておけばよかった。 一旦宿に戻って学校に必要なものを持ち出す事にした。荷物の置いてあるドミトリーに入るとベッドは確かにすべて埋まっていた。イビキが聞こえる中、寝ている人を起こさないよう静かに用事を済ませる。 ドミトリーのある2階から1階に降り、フロントに居たぽっちゃりした女のスタッフにこの先2週間学校に通うのでシングルに泊まりたいと伝える。値段は1日200ペソ、ちょっと高いが落ち着いて勉強したいので快諾した。昼には戻ると伝えて学校へ行く。 学校2日目、午前中3時間みっちり勉強する。うち1時間はネイティブの先生の授業だ。 名詞やら冠詞やらには性別があって、動詞は人称によって変化する事などを知る。 授業後オーナーと思わしき女性の先生に授業料の話を聞こうと思ったらまたパスされてしまった。 ホームページに値段が表記されているのでまた明日でいいかと思い、学校を後にしてスーパーで買い出しして宿に戻る。 宿に帰ると宿のオーナーの女性が居た。愛想がよくいつも明るい彼女は一枚のメモ書きを渡してきた。 「ドミトリーは週700ペソ/シングルは週1000ペソ」 前に聞いた値段よりずいぶん安い事

慌ただしい月曜日~グアナファト~

今日はなんだか慌ただしいというか色んな事が起きて面白くもあり疲れた日でもある。 朝起きて宿の屋上で色とりどりの家々を眺めながらコーヒーを飲んで一服。 調べておいた語学学校の場所を確認しつつ、今日は頑張るぞと意気込む。 いつものように作業着に足袋を履いて街に出る。 通り過ぎる人々の視線が足袋に行くのを楽しみながら街の中心へと向かう。 足袋を見てから僕の顔を見る人や通り過ぎてから二度見する人。力王さんにメールでもして路上販売でもしようかな?なんて考えがよぎる。 ガイドブックに載っていた語学学校は日本人経営だという事だから、初心者の僕にも分かり易いはずだろうと思い、街の中心にあるその語学学校へ向かった。 学校の受け付けは2階にあった。 すぐに学校関係者の日本人と思わしき人の姿が見えたので、スペイン語を学びたい旨を伝える。 授業料や受講期間など聞いたら他の学校に行って話を聞こうと思っていたのだが、その日本人の女性は今日から新たに授業を受ける人がいるので、今から授業を受けないか?と言った。 面食らったが、ちょうど始まるところだった2時間目の授業から参加することになった。 足袋と作業着姿の僕に興味を持ってくれた講師でもあるその女性はオーナーなのか? 分からないことだらけである。 僕は土木やらなんやらの仕事をしていたと言うと、ご主人が建築関係の仕事をしているからアルバイトも紹介出来るかもしれないと言ってくれた。世界の現場からシリーズの夢が膨らむ。 授業は僕のほかに2人。仕事の為スペイン語を学ぶという日本人男性と旦那のメキシコ出張に連れ添ってきて

グアナファトなう

グアナファトに来て数日経ちました。なかなか治らない風邪と共に、ぶらぶらしたりごろごろしたりしています。 ここグアナファトは世界遺産登録されている街ですが、勾配が多く狭い路地とカラフルな建物、そして地下道が多く存在していて立体感のある迷路のような街です。 中心地であれば夜の街を歩くのも問題なく、安心して観光できる良いところです。 音楽とアートと歴史のあるこの街を歩いていると心なしか足取りも軽くなります。 宿を変えた日の事、あまり英語の通じないスタッフと僕の間に入って通訳してくれた人間がいました。カルフォルニアから来ているアメリカ人の彼はお父さんがメキシコ人なのでスペイン語はペラペラ。 彼はシェアハウスを見つけたので宿を出ていく所だったんですが、色々と話し込んで意気投合しグアナファトでの遊び友達となりました。 他にもティファナに住んでいると言うオペラ歌手やモンテレーと言う街からやってきているウクレレと絵を愛する若者など、クリエイティブな人間に多く出会っている気がします。 そんなこんなで遊び友達にも不自由せず、SNSで日本のみんなとやりとりしていると一人旅の寂しさなんてものはどこかへ行ってしまうようです。 ただ言葉の壁は厚く、ここでは相手が英語を理解しない人だと全くと言っていいほどコミュニケーションがとれません。英語を理解する人を間に挟まなけれならないもどかしさ。 旅を始める前は物価の安いグアテマラまで行ったらスペイン語学校に通おうと思っていましたが、音楽やアートで自分を表現する人が多く存在するこの街にいると、自分を表現する手段としての語学を今学ぶべき

テキーラでおじさんぽ~グアナフアトへ

グアダラハラからバスでおよそ4時間、世界遺産の街グアナファトへやって来たのは昨日の夕方。 ガイドブックに載っていた安宿にチェックインしたけれど、夕飯を作ろうと思って台所に行ったら無数のゴキブリがシンクを占拠していたので、今朝宿を変えて今に至る。 ティファナで痛い目を見たせいか、思いのほかグアダラハラに長居してしまった気もする。 グアダラハラの宿では沢山の面白い出会いがあった。 女遊びの為に長居していると言っても過言ではないスイス人の若者、日本びいきのルーマニア人カメラマンに、ギターは上手いがセックスと身体を鍛える事しか頭にないような脳筋オランダ人とかアメリカ海兵隊あがりの眼差しの鋭いホンジュラス人だとか。 グアダラハラを離れる前日、そのルーマニア人ともう一人髭のオージーとテキーラに行ってきた。テキーラはもちろん酒の名前であるが村の名前でもある。グアダラハラから400ペソで工場見学を含めたツアーが組まれてたりする。 ずいぶん高いツアーのような気がしたので行くのを躊躇っていたが、髭のオージーがツアーに頼らず自力で行けば安く済むぞ、と言うのでグアダラハラ滞在を一日伸ばしてテキーラに行ってきた。 グアダラハラ~テキーラの往復のバスは150ペソだったか。直行のバスではないので、いくつものバス亭で地元の人間を乗せたり降ろしたりして時間をかけてテキーラの村に着いた。 三十路四十路のおじさんぽ。僕たちはテキーラを飲みたくてうずうずしていた。 村について早速テキーラを売る店に入って試飲をさせてもらう。 7か国語を操るルーマニア人カメラマンがスペイン語を英語に訳してく

ちょっビビったり楽しかったり グアダラハラ

今日は二日酔いでぐったりしております。 と言うのも、同室のスイス人の若者とチャプルテペック通りと言うバーやらクラブなどが立ち並ぶエリアに夜遊びしに行って飲んだくれていたのです。 女好きの彼が以前にナンパしたメキシコ人の女の子が飲んでいるというバーに行こうぜ!とタクシーで10分ほどのそのチャプルテペックに向かったのです。週末のチャプルテペック、多くの若者でにぎわっておりました。目的の店は大通りに面しておらず、人気のない通りを少し歩いたところにありました。 バーに着いてその彼女と会い、3人でメスカルを飲んだりビールを飲んだり。彼と彼女はいちゃついてるんだけど、僕を気にかけてくれてほっとかれずに済みました。 深夜2時頃だったか、そろそろ二きりにさせるかと思って一人店を出て帰ることにした。 タクシーで帰ろうと思ったけれど、30分も歩けば着くという話を思い出して歩くことにした。 今思うとその時間に一人街を歩くなんて恐ろしい選択をしたものである。酔っ払いの判断力はひどいものだ。 警戒しながら宿とチャプルテペックを結ぶ大通りへ出て歩く。人気はなく走り抜ける車の音だけが響く。 そろそろ見慣れたエリアに入るな、と思った頃だ。通りを走る車からいきなり冷水をぶっかけられた。 びびったな、本当に。ただの悪戯で良かった。 その日の昼間も市場の周辺で一眼レフで撮影してたら、露天商から写真を撮るな!と怒られたりもしていた。おそらくコピー品を扱う連中が写真を嫌がったのだろう。しかし一日のうちに二度もびびってしまった。 だけども楽しいこともある。 市場の食堂に行って、何を

グアダラハラでのんびり

グアダラハラに来てから5日目の朝を迎えました。 宿がユースホステルという性格上多くの旅行者と出会い、話し相手にも困らない日々を過ごしてます。 ここグアダラハラはメキシコシティに次ぐ第二の都市。 国境の殺伐とした雰囲気のティファナに比べると、歴史的建造物も多く観光しやすい街に思えます。 ティファナで見かけなかったスーツを着たサラリーマンのような人やお洒落な女の子を見ると都会に来たことを認識します。 ただ、ティファナで痛い目を見たせいか、あまりカメラを出すこともなく歩いては休み歩いては休みを繰り返しています。 街の中心のカテドラルから東へ向かっていくつかの教会や劇場、人々が寛ぐタパティア広場を通り抜けるとオスピシオ・カバーニャスという世界遺産建築がある。 有名な歴史的建築をざっと見るだけならこの東西を結ぶ線上を歩けば済んでしまう。 その西側にあるタパティア広場の南側にリベルタ市場という大きなマーケットがある。 食品や土産物に工具に偽ブランド品など、生活するのに必要なものはここですべて揃ってしまうのではないかと思うほど多種多様な店がひしめきあう。 人がすれ違うだけの幅の通路を歩いると、似たような店が多いので自分が今どこにいるのかすぐに分からなくなる。 その、人と店と品々が溢れかえる市場の熱気に惹かれてグアダラハラに来てから毎日足を運んでいる。 食堂街もあって、ティファナのメイドカフェで教えてもらったビリャ(birria)というヤギ肉を煮込んだスープもここで食べることが出来た。 多少の臭みはあったものの香辛料の効いたスープは抜群に美味かった。 昨日、昼飯を食べに行

ティファナからグアダラハラへ

前回のブログを書いた後、一緒にティファナの街を歩いた彼に教えてもらっていたショッピングセンターでノートパソコンを買ってきた。 スマホや携帯電話屋が多く立ち並ぶそのショッピングセンターには数軒だけ中古のパソコンを扱う店があり、値段も思いのほか高くなかったのでティファナを離れる前に購入した。 2800ペソを2500ペソにまけてもらって、盗まれたのと同じような物が手に入れることができた。日本円で1万8千円ほど。 OSはスペイン語だったから一瞬ためらったが、スペイン語の勉強だと思って覚悟して購入。 けれど日本語パッチをあてこめばすぐに日本語化できてしまったので驚く。便利な時代になったもんですな。 今これを書くのに使っているんだけど、盗まれたものよ動作が速くていい買い物ができたのかもしれない。 ティファナのホテルを昼にチェックアウトしたあと、メイドカフェに行って巨漢のオーナーに挨拶だけしに行こうと思い、バックパックを担いでホテルからすぐそばのその店に向かった。前回だいぶ話し込んだので、一言だけでも交わしておきたかった。 さようならを言いに来たと彼に伝えると、彼は僕の荷物をメイドさんが飲み物を作るカウンターの中に運び入れて、フライトまで時間があるならゆっくりして行ってくれと言ってくれた。 その日はスマブラのトーナメント大会が行われていた。ヤングメキシカンオタクの中にはマイコントローラーを持ち込んでくる猛者もいて、大会は盛り上がっているようだった。 大会を横目にオーナーと話こんだ。盗難に遭ったことや、これから僕が向かうであろう地方の美味しい食べ物の事なんかを

やられちゃいましたinティファナ

いやー、早速やられてしまいましたよ。 宿でパソコンとipodとハードディスクを盗まれてしまいました。 ゴーゴーバーへ行ってみたり、メイドカフェに行ってみたりと楽しみ始めていたティファナの街。 プリンプリンのお尻のオネーチャンを見てにやけたり、メイドカフェのオーナーと話し込んだりと久々の旅路で面白い出来事に遭遇してたんですけどね。 4日目の朝、起きてすぐコーヒーを買いに出かけた。 メキシコでもコンビニで手軽にコーヒーが買えるので近所のコンビニに向かった。 コーヒーを買って宿に戻ろうと思ったのだけれど、屋台のタコスがとても美味しそうに見えて、朝ご飯も食べてしまうことにした。肉の煮込みをのせたそのタコスは見た目どおり美味しくて、2つ食べてもう1つ追加してしまったほどだ。 時間にして30~40分だろうか、宿に戻って鍵を受け取り部屋に入った。 荒らされた様子は無いのに何かが変だった。 そう、ベッドの上に置いてあったipod touchの姿がないのだ。 慌ててシーツをひっくり返したりして探すがどこにも無い。 シーツをひっくり返しながら、起動に時間のかかるノートパソコンの電源を朝起きて入れていて事を思い出す。そいつもベッドの上に置いてあったのだ。 やられた! いつもなら、外出する時は貴重品用のバックパックに大事なものをしまってワイヤーロックをかけるか、それを持って出歩くことにしているのだが、その日の朝だけはコーヒーを買ってすぐに戻るだけだから、とベッドの上にそのまま置いて出てきてしまっていたのだ。 自分のミスである。気が緩むとはこういうことだ。

ティファナの教会で メキシコ

長時間の移動の疲れがなかなか抜けてないナシオです。 先日のブログを書いた後、朝飯を食べに街に出た。しかしスペイン語を話す事も読む事も出来ないので、安そうな飯屋を見つけてもなかなか入る事が出来ずにうろうろ街を彷徨っていた。 すると教会が目に入ったので向かってみる事にした。国境から歩いてきてすぐの場所にあったのだが、到着した日はそれに目を向ける余裕もなく通り過ぎていた。 あたりは小汚い格好の人が多かったので危ない場所なのかとも思ったけれど、殺伐とした空気感もないので写真を撮ったり入り口の上に書かれているマリア様を眺めたりしていた。 教会に入っていく人々を見ていたら自分も入ってみたくなり、みなの真似をして帽子を脱いで教会に入ってみた。とりあえず入り口からすぐの椅子に腰掛けて、辺りの人の真似をして牧師の説教を両手の手のひらを上に向けながら聞いているふりをした。 僕の周りに座っている人たちは小奇麗な格好している人たちではなく、傍らに置いてある黒いビニール袋が全財産であるかのような人ばかりだった。 牧師の説教が一段落した頃、皆が立ち上がりそばに居る人たちと握手をし始めた。 僕の前に座っていた老人は振り返り僕にも手を差し出してきた。僕も手を差し出し彼と握手をし、手が届く範囲の人達と握手をした。 何がなんだか分からなかったけれど、神の前では皆等しく平等であって助け合いなさいという事でも牧師が言ってたのだろうか? 頭の中には疑問符が沢山出てきたけれど、初めてのメキシコに相当ビビッていた自分の心がいくらかほぐれた気がした。 結局朝飯はコンビニでコーヒーと小さ

メキシコ、ティファナへ

家を出てから何時間かかってここまで到着したのだろうか? メキシコはティファナ、西海岸側のアメリカとの国境の町にやって来ました。 産まれたばかりの甥っ子に会ったその夜、実家を出て羽田空港行きのバスに乗ったのは11月3日の20:15。翌日4日の早朝6:20の飛行機に乗るために空港で一夜を過ごした。 アシアナ航空で韓国のインチョン経由でアメリカのロサンゼルスまでのフライト。インチョンでのトランジットはおおよそ6時間。アシアナ航空からプレゼントされた空港ラウンジチケットで、本来なら数千円も払うラウンジをタダで使うことができた。といっても、どこかで横になりたくて食べ放題の食事を詰め込んですぐに出て来てしまったのだけれど。 インチョン発ロサンゼルス行きの飛行機は定刻よりやや遅れて飛び立ち、ナッツリターンすることも無く11時間ほどのフライトの後ロサンゼルス国際空港へ到着した。アメリカでの入国審査は今までにないくらい多くの質問を受けたけれど、問題なく入国のスタンプをもらう事ができた。空港の外に出て久しぶりのタバコを味わうと、頭がくらくらしてしまった。 しかし落ち着いている場合ではない。 その日のうちに、しかも日が暮れる前にメキシコに入国したかったので結構タイトなスケジュールを組んでいたのだ。初めて訪れる国で土地勘もなく、右も左もわからない状態で夜中に国境付近をうろうろしたくない。 2本目のタバコを吸い終わる前に目的のバスが来た。FLYAWAY BUS、ロスの空港と街中を結ぶ便利なシャトルだ。ユニオンステーション行きのそのバスは8ドル。1時間もかからず到着したが、現金での支払

  • Facebook - Black Circle
  • Instagram - Black Circle
  • Twitter - Black Circle

© 2015~2020 by Sink or Swim ナシオの一か八かの旅ブログ