イタリア~春眠暁を覚えず プッツォーリ~

2011年05月09日


どうやら相当疲れていたようだ。
いくら寝ても寝足りない。春の陽気のせいなのか。


ナポリに到着した翌日、市内観光をしに出かけた。
キャンプ場はナポリ中心部からおよそ10キロにあるプッツォーリの街にある。

そこからプラスチックの安っぽい座席の汚い、いや古めかしいメトロに揺られ。


ナポリに何があるのかさっぱり分からないで来たもので、これが見たい!と言うものも無くほうぼうを歩き回った。


米ドルのトラベラーズチェックを換金したのだが、雀の涙ほどの価値しかなかった。ヨーロッパに来るなら、ユーロにしておけば良かったのだが。


鉄道駅やバスの発着所を抱え、街の中心とも言えるガリバルディ広場。
そこから少し歩くと、中国語の看板が目立つエリアがあった。
衣料品や電化製品に食品を扱うチャイニーズの店たち。
そこに求人募集もあったのが気になった。


そのエリアの側にはトルコやアルバニアと同じような、携帯やらその充電器、古着や靴を並べる青空商店があった。1箱2ユーロのタバコを売る者も居た。


黒人や中国人を多く見かけ、港町だけに国際都市なのだなぁと思った。


ドゥォーモ、と呼ばれる立派な教会に行った。
おそらくナポリ大聖堂と呼ばれるものだろう。
無知とは恐ろしいものでもある。


入り口からその奥の本尊というのか、十字架とそれをとりまく天使の像が沢山ある所までかなりの距離があった。


その間にある何本もの柱には、聖人と思われる人の彫刻が柱からにょきっと顔を出すように飾られている。


立派なもんだなぁと思い天を仰いだ。
そこで驚いた。高い天井にまで宗教画が描かれていたのだ。


なるほど。
これはすごいなと、素直におったまげた。


しかしなんでこんなにも派手なのだろう、宗教とはこういうものなのかと考える。確かに宗教と美術が切り離せない時代もあるのは知っている。むしろ宗教が芸術を発達させたとも言える。


しかしキリスト教は遙か昔に免罪符、天国へのパスポートを金で売ってた宗教だ。ひどい話だ。


宗教とはなんなんだろう。


どんな宗教も初めは新興宗教だった。
人々は何がなんだか分からなかったはずだ。


横浜の弘明寺あたりは、どこかの宗教団体が土地を沢山買い、関係するビルをがんがん建てていたのを思い出す。


そんなこんなで胸一杯、頭の中はグルグルと足りない脳味噌をフル回転させて考えてた。


夕飯の買い出しをすませてキャンプ場に帰った。
テントに入ってごろっとした時、頭痛がした。
疲れて何もする気が起きない。


頭が痛いのも、寝不足やらなんやらで身体が悲鳴を上げたと思った。
雨や寒さが心だけでなく身体も蝕んでいたようだ。


鏡を見ると、痩せたと言うよりやつれていた。
自分よりハードな旅路を送る人が居るというのに情けない。


翌日から、市内へ行き歩き回るのをやめた。
食って飲んで眠る、これを徹底しようと考えた。


キャンプ場を中心に買い出しや散歩程度に出歩いた。
静養も兼ねたものだったが、これが実に素晴らしい日々になった。


キャンプ場は活火山を抱え、キャンプサイトから木立を越えると真っ白い砂地なのか灰が多い尽くす大地と、所々から吹き出す蒸気が見える。
その蒸気を利用したサウナもキャンプサイト利用の人は無料なのでそこで汗を流した。

キャンプ場の名前もボルケーノ・ソルファタラという位だ。
これを見に来る観光客も多く居た。


キャンプ場のあるプッツォーリの街も港があった。
しかしナポリの街の港よりも静かに穏やかに時が流れていた。
港には沢山のヨットや船が停泊し、車を吸い込むフェリーもナポリのものより小さかった。


スーパーに買い物に行っても楽しかった。
エスプレッソを煎れる専用のポットも安く、安売りのコーヒー粉と一緒に買った。これなら高い金を払わず旨いコーヒーが飲める。

それと一緒に砂糖も買おうと思ったが、「sugar」の表記さえないので何が砂糖だか分からない。


幸い、箱からはみ出した粉を舐めてそれが砂糖だと分かったのだけれど。


健康のためにと買ったトマトは、食べているうちにトマト畑のツンと来る香りがしてくる旨いトマトだった。


今夜で五日目の夜。
十分休んだ。


ここしばらく触っていなかったギターも弾けた。
酒も肉もたっぷり取ったし。
目の下のくまもマシになった気がするし。



「全ての道はローマへ続く」



明日、列車でローマに向かおうと思う。

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