カンボジア~国境をこえる~

2006年11月24日

おととい夜8時にニャチャンから夜行バスに乗り、サイゴンへ約10時間道のり。そこで2時間ほど待ち、カンボジアのプノンペン行きのバスに乗りかえた。 


乗換えまでの時間をコーヒーを飲みながら、朝のサイゴンを眺めた。工事現場の前では、日本の工事現場と同じように職人たちがお茶やコーヒーを飲みながら朝の一服をしている。 


すぐそばの公園では老若男女とわず、多くの人々がウォーキングやストレッチをしていた。健康に気遣う余裕があるのか、ただ単に身体を動かすのが好きな人たちなのか。 



サイゴンから2時間ほどでベトナムとカンボジアの国境に着いた。中国からベトナムに入る時にも思ったが、地図で見ると国境というのは明確に分かるものだが、ただ単にパスポートを見せて手続きをして通り抜けると、国境なんて曖昧なもののように感じる。 


しかし国境からプノンペンへ向かうバスの中から見える景色はベトナムとはまるで異なっていた。 



国民のおよそ80%の人々が農業に従事しているというカンボジア。地平線の果てまで続くかのように水田が広がり、そこに住む人の家々は高床式の質素な住居だった。人々の肌の色もベトナムに比べ黒い気がする。道路もベトナムに比べ状態が悪く、至る所で工事をしていた。もちろんバスのグレードもベトナムに比べカンボジアの物の方が劣る。 



途中メコン川をフェリーで渡り、バスは再び走り始める。少しうとうととしていると、プノンペンに着いた。バスのガイドは立派な建物を指差し、日本大使館だと教えてくれた。 


到着したはいいが、さてどうしようかと考え、タバコに火をつける。 


バスの中で僕のカメラに張ってある「A-LIFE」のステッカーに気づき、道中少し話しをしていた兄弟に声をかけられた。 


カルフォルニアから来ているとうその兄弟は、ホテルが決まっていなければ僕たちの行くホテルに一緒に行かないか?と声をかけてくれた。彼らはプノンペンは2度目らしい。 



宿は湖のほとりにあった。そのあたりは一般の家屋に混じって安宿がひしめき、バックパッカー向けのカフェも並んでいる。宿にチェックインしたのは夕方の6時頃だったろうか。気がつけば、ほぼ丸一日を移動に費やしていた。 



宿は湖上にせり出すように作られ、せり出したウッドデッキ部分にはテーブルとソファーが並び、軽い食事も取れる。シャワーを浴び、ビールを片手に湖を眺めに行くと、真っ赤な夕焼けが街を包み込み始めていた。 



真っ赤なのは空だけでなかった。ここに泊まっている白人のバックパッカー達の目も真っ赤だった。紹介してくれたアメリカ人の言うところの、「リラックス出来ていい宿だよ。」という事は、こういう事だったのか。 



ジョイントを回す白人の脇を通り過ぎて、僕は部屋に向かい眠りに着いた。

カンボジアに入ると一気に風景が変わった

建築物がベトナムとは様変わり

プノンペンの宿はボンコック湖の湖畔にあった 水上コテージのようになっていた

地元民も住んでいたが、みな一様に貧しそうだった

宿のテラスでボンコックに沈む夕陽を眺める

べた凪のボンコック湖に移り込む夕焼け このボンコック湖は今では埋め立てられ造成地になっているそうだ

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