カンボジア~灼熱のカンボジア①~

2006年11月30日

今日は久々にゆっくりとした時間の流れる日の気がする。 


5日前にプノンペンを離れアンコールワット近くのシェムリアップと言う街に来たのだが、アンコールワットの入場チケットが三日間で40㌦もしたので、昨日までの三日間は毎日、なかば強制的にアンコールワット遺跡群を見てきた。 



そのチケットの期限が切れ、名残惜しいようなほっとした様な気分です。やっとここ一週間くらいの出来事を振り返れる気がする。 


プノンペンはカンボジアの首都。しかし、車やバイクが行きかう大通りから一本裏の道に入れば、アスファルト舗装もなく、いたる所にゴミがうずたかく積まれ、そのすえた臭いの中を小さな子供たちが真っ裸で駆けずり回っているような街だった。 



どこからどこまでが安全なストリートなのかが良く分からない気がした。混沌とした街だった。 



プノンペン市内にはトゥールスレン虐殺博物館というのがあった。ポルポト政権時代に学校を刑務所に改造した建物で、学者や僧侶や一般人までが政治犯として収容され、拷問の上に虐殺された場所だった。 


建物は二重の壁に囲まれ、そこには有刺鉄線がぐるぐると巻きついていた。2㌦の入場料を払って中に入ると、見た目は普通の学校そのもののような感じだった。しかしいざ部屋に入ると、学校のそれとはまったく違う空気を感じる。 



部屋の真ん中にはマットレスのない、鉄製のベッドがポツンとおいてあった。そして壁にはそのベッドで亡くなった人と思われる写真が飾られている。そのベッドの上で亡くなった時の状態の写真が。 



10㍉ほどの鉄筋を組み合わせて作った足かせでベッドに固定されたまま死んでいる。ベッドにマットレスなんて物は無いので、流れた血がそのまま床一面に広がっている。違う部屋に入って見ると、鳥が死体の上に止まっているような写真もあった。 


正直怖くてしょうがなかった。館内の人気の無い所を歩いていると、廃墟となった病院を歩く怖さの何倍もの恐怖を感じた。 



ほかにもレンガで急ごしらえしたような独房や拷問器具の数々が展示され、拷問を受けた亡くなった人々の写真がずらーっと展示されていたりする。中には子供を右脇に抱えた母親が首に番号札を着けられた状態の写真もあった。 



一通り見た後、ぐったりして中庭で休んでいた。放心状態で有刺鉄線の張り巡らされた校舎を眺めていた。 



重い気分のまま宿に戻り、宿の側で少年から買った物をパイプに詰め深く吸い込んだ。気分が晴れるかと思いきやどんどんと落ち込んで行き、しまいには吐いてしまった。今思い出しても、あの博物館の雰囲気は暗く重くのしかかってくる。 

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