コソボ~プリシュティナで想う~

2011年05月02日


アルバニアからコソボへ行った。
コソボ紛争、つい最近まで世界を騒がしていたエリア。

セルビアからの独立を宣言したものの、国連加盟国家の半数以下しかその独立を認めていない国だ。


この辺り、旧ユーゴスラビアの辺りは民族問題など、しっかり勉強しなくちゃ分からない事ばかりだ。ちと複雑で難しい。


誰が正しくて誰が悪いのかも分からん。
民族間での対立、対立する民族の拉致、虐殺。
憎しみの連鎖でしかない。


そのコソボの首都にあたるプリシュティナに行った。
入国、出国の時にはスタンプが押されず不安になったが、次の国の入国で問題になることはなかった。

街は思いの外、平穏だった。
人々は自由に見え、買い物をしたり、カフェでコーヒーを飲んだり、学校へ通ってたりするようだった。

大通りは並木道になっていたりして、清々しい気持ちにもなる。
ただ、中心地を離れると状態の悪い道が大い気がした。

道を聞いた警察官は強面だったけど、僕が道を渡るときには車を止めてくれたりした。


NATOや国連マネーで潤う人もいるのだろうか、高級車で街をぶっとばしてる奴もいた。


アメリカがコソボの独立を最初に承認したらしい。
コソボ独立の戦いを指導したコソボ解放軍はテロ組織という認識もあったらしいけれど。


その当時の大統領ビル・クリントンの銅像やその名前を付けたストリートもあった。アメリカ万歳、独立を応援してくれてありがとうと言った所なのか。それとも幾らかお金を落としていってくれたのか。


街には、アルバニアとコソボの旗が一緒に掲げられているところが多かった。

セルビアの中でアルバニア人の多い地域の独立だったからだろうか。あとはアメリカとドイツの国旗もよく見かけた。


郊外では写真を彫り込んだような新しい墓石が目立った。
軍人や子供、老若男女問わず黒っぽい石にその肖像が彫り込まれていた。



バスターミナルへ時刻表を調べに言ったとき、以前オーストラリアに滞在し日本人の彼女と付き合ったというコソボの男と話をした。


「なんでコソボやバルカン半島辺りを旅するんだ?
ヨーロッパを旅したいならもっと良い場所が沢山あるだろ。
俺は帰国して直ぐ仕事を見つけたが、友達は一年待っても仕事がないんだぜ。コソボなんて最低だよ。

なぁ、良い女多いだろ?でも頭の中は空っぽ、金と地位を追っかけてるだけ。

どうだい、寿司か蕎麦屋でもアルバニアでやらないかい?
良い金になる、間違いないさ。」


インテリに見えた彼は、彼が侮蔑する女達と変わらない気がした。
むしろ、せっかく異文化に触れ知識も得た彼が国のために何かをしようという話が出てこないのが悲しくもあった。


しかしそれは、国を動かす連中や解放軍から正規軍となった連中、それらの指導者がやりたいようにやっている、だから俺たちに希望は無いんだよ、って言うようにも取れた。


同じ民族を多数にしても国が良くなる話しでもないのだな。


コソボを離れるバスから、乳飲み子を抱え通り過ぎる車に物を乞う女が目に付いた。そこで生きる少数のジプシーかロマと言われる人だろうか。


珍しい東洋人を見つけた女は僕に向かって何かを言っている。
彼女の言う言葉は一つも理解できなかった。


だけど最後に笑顔でバイバイ、そう言うのは分かった。


人が冷たく感じたギリシャでも、みすぼらしい身なりの女が話し相手になったのを思い出した。



マイノリティ、世の中心から外れ外された人々。
それらの人々は、珍しい浅黒い東洋人を同胞、そういう風に見るのだろうか。
流れ者は流れ者を知ると言ったところなのか。



なんなんだろう、人種や民族の差というのは。
仮に地球に平和が訪れたら、今度は宇宙人と戦争しそうだな。

コソボ プリシュティナの街並

住宅地街はのんびりしたもんだった

ビル・クリントン元アメリカ大統領の銅像が

紛争の爪あとか 死者なのか行方不明者なのか沢山の顔写真がストリートに貼られていた

花を買うという事は暮らしに余裕が出てきたのだろうか

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