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記録を頼りに~キューバ放浪記~


ちょっとご無沙汰になってしまったけれど、キューバ放浪記の続を書き進めて行こうと思う。

ハバナに行ったのは2017年の3月の事だから、そろそろ一年前の事になってしまうのだが。

一年近く前の事を書いたブログを読めば、「どうせあいまいな『記憶』をもとに適当に書いてるんだろう?」などと思う人も居るかもしれない。

けれども「時が止まったような国キューバだからこそ得られた『記録』」が手元にあるので、憶測や楽しかった思い出だけで書いている訳ではない。

私事だけど久々の書き物なのので、ペースを掴むためにもちょっとキューバとアメリカの歴史をおさらいしてみようと思う。とは言ってもほんの数年の間のお話だけど。

1959年に親米政権(むしろ傀儡政権)であったバティスタ政権を倒したフィデル・カストロをはじめとするキューバ革命政権は、アメリカ政府から「共産主義である」と見なされ敵視されるようになる。バティスタ政権で甘い汁を吸っていたアメリカの資本家や企業も革命政権を忌み嫌っていた。

フィデル・カストロは「アメリカ合衆国に対して変わらず友好関係を保つ」と言っていたにもかかわらずだ。

そうしてアメリカとの関係が悪化していくと、フィデル・カストロはキューバ国内のアメリカ企業の農地を接収する。

しかしこれは単なる思い付きではないに違いないはずだ。

キューバ革命の序章とも言える1953年、フィデル・カストロはキューバ東部のサンティアゴ・デ・クーバでバティスタ政権相手に武装蜂起を起こす。政府軍の基地を襲撃したのだが失敗して捕らえてしまう。

そしてその後の裁判で弁護士でもあったフィデル・カストロが自身を弁護した際に放った弁論がある。

「歴史は私に無罪を宣告するだろう」と題されたその弁論にはこんな一節があるのだ。

~キューバにおける小農の八十五パーセントは、小作料を払い、耕作している土地から追われる絶え間のない脅威の下で生活している。

もっともよく耕された土地の半分以上が外国人の所有である。もっとも大きな州のオリエンテでは、ユナイテッド・フルーツ会社とウエスト・インディアン会社の土地が北海岸から南海岸までつらなっている。

二十万人の貧農たちは、かれらの飢えた子供たちに食べるものをあたえるために耕作する、たった一メートルの土地さえもないが、ほぼ三十万カバレリアの耕作地が有力者の手に握られて、耕されぬまま放置されている。(「チェ・ゲバラ伝」 三好徹 著 より)~

この弁論で訴えた「キューバ国民の悲惨な有様を変えねばならないのだ!」と言う熱い想いをフィデル・カストロは革命が成功した後に実行に移しただけと思うのだ。

アメリカとの関係が悪くなったキューバは社会主義国家であるソビエトと近づいて行く事となる。冷戦の真っただ中で、アメリカは子分を敵国ソビエトに奪われてしまったような形になった。

アメリカは自分の言う事をよく聞くキューバという金づるを失うと同時に、自国の隣にソビエトの息がかかった国が出来てしまって大変面白くない事になった。

こうなったらお得意の経済制裁でいたぶってやろう、と言う事でアメリカはキューバ最大の産業である砂糖の輸入停止を行う。

これをやられて、サトウキビばっかり育てて砂糖をアメリカに買ってもらっていたキューバの経済はあっという間に立ちいかなくなってしまった。

さらにはアメリカのCIAはキューバ革命政権に追われた亡命キューバ人およそ1500人を集め、当時アメリカの息がかかったグアテマラの基地でゲリラ兵として鍛え、キューバ上陸作戦を決行させる。革命政権をぶっ倒すためにである。

しかしCIAの作戦は上手く行かず、大統領に泣きつき軍の戦闘機まで派遣するのだが作戦はことごとく失敗に終わってしまう。この時のアメリカ大統領はかの有名なケネディ大統領である。

こうしてアメリカとの対立が決定的になり、1961年にフィデル・カストロはキューバ革命を「社会主義革命」であったと宣言し、社会主義国家として歩んでいく事になった。

そうして資本・自由主義と決別し共産・社会主義の国となったキューバは一気に貧乏な国になってしまった。

アメリカに砂糖を売って得ていた金が入ってこなくり、大量に砂糖を現金で買ってくれる国も現れず、サトウキビばかり作らされていたキューバには砂糖しかなくなってしまった。あ、あとは上質な葉巻とラム酒もあったか。

お金は無いけど砂糖はある。

結局良い金で砂糖を買ってくれる国が無いので、ソビエトやその他の友好国に砂糖を送る代わりに石油やその他の物を送ってもらうバーター貿易、つまりは物々交換でしのいで行くしか道は無くなってしまった。

アメリカやその他の国から買う事が出来た石油や新車に工作機械、その他もろもろの物が買う事が出来なくなっていった。経済的にも余裕が無くなりインフラの整備や都市の改修すらままならなくなった。そうして「時が止まったような国」が出来上がったのだ。

その「時が止まったような国」ではインターネットはまだ一部にしか無かった。

近頃は旅の最中、安宿に行くとまずはWi-fiのパスワードを聞いてネットに自分のパソコンやらスマホを接続する事になる。

けれどもキューバは電話局の長い列に並んで1時間200円位のプリペイドカードを手に入れ、Wi-fiの飛んでいる公園に行き重く遅いネット回線に繋が無くてはならないのだ。高級なホテルや一部の民泊先では整備されているようだけど。

そこまでしてネットをする気も起きず、「これを機にネットから解放されてみよう!」と思い、キューバ滞在中ほとんどネットに触れる事は無かった。

おかげでよその国では日々スマホで暇つぶしをしていた僕はまめに日記をつける様になり、キューバ放浪の『記録』がしっかり残る事になったのだ。

楽しかった事も嫌だった事も、食べ物や飲み物の値段もバスの値段なんかもしっかりつけていた。

そんな記録から、またマイペースにブログに文章を起こして行こうと思う。

更新頻度の低さという罪も無罪になる日が来ると信じて。

#キューバ

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