雨に煙るティカル遺跡~ティカル・グアテマラ~


1年のうち13か月も雨が降ると言うコバンの街を経由した事で僕は新たな能力を身に着けてしまったのか。

リビングストンに引き続きフローレスの街でも毎日のように雨に降られていた。当てにならない天気予報と空模様を見比べたりしながら、いつティカル遺跡に足を運ぼうか悩む日々だった。

幸いな事に一緒にいた友人は僕と同じく酒好きだったので、夜な夜な島内の治安維持に努めるべく酒場やレストランに足を運んだ。

「このバーはまとめてビールを5本頼むと安いぞ。」だとか、「やたらと混雑している美味そうな食堂がある。」などと言いながら雨降る街を1本しかない傘を頼りに2人で歩いた。

1人旅が長くなると、食事やホテルもただ安ければ良いと言う事になりがちだ。

安くて美味い食事を取っても、一人で黙々と行うと腹を満たすだけのただの作業になってしまう。美味しいものを食べても共感する相手もいないので、何がどう美味しかったのかとかも忘れてしまいがちだ。ひどい場合何を食べていたのかすら忘れてしまう。

誰かが目の前にでも横にでも座って、「これは美味しいね!」だとか「少しこれ食べてみる?」なんてやり取りがある事で腹を満たすだけの作業では無くなり、人とのコミュケーションで生じた熱のせいなのか「暖かな食事の時間」となる気がする。

そして暖かいまま記憶された食事の時間はいくらかの時を経ても引き出し易く、その時の食事の味だったり店の雰囲気だったりがパッと思いだせるものだ。

それが友人で無く店の店主でも良いのだが、とにかく誰かと会話をしながら食事を共にする事の温かみは歳を重ねたせいか身に染みるようになってきた。

僕はそんな食事の時間が嬉しかったせいか、毎日何本ものビールの空き瓶と共に食事を平らげていた。

しばらくそんな日々を過ごして晴れの予報を待っていたのだけど、いつになっても良い予報は現れなかった。

痺れを切らした僕たちは降水確率の低い日を狙ってツアーバスを予約してティカル遺跡へ行く事にした。

当日、朝から多少怪しかった天気は遺跡の大部分を見学する間は何とかもった。

想像以上にティカル遺跡の敷地は広く、友人と地図の書かれた看板を見てどう回って行くかを真剣に打ち合わせをした。けれども誰か頼れる人がいると言う安心感からか、僕の頭にはほとんど入っていなかったのはここだけの話だけど。

七面鳥やら不思議な木を横目にジャングルの中へと歩みを進める。

ジャングルの中を正しい道を歩いているのかを不安になりながら進んでいく冒険心をくすぐるこの感じは、メキシコのテオティワカン遺跡とはまったく別の面白さがあった。木々に向こう側に遺跡の頭が見えてくると、まるで自分がそれを発見したような気持になれる。

ジャングルの中にある事で湿度が保たれて苔むす事が出来た遺跡の一部も「わびさび」の世界観の中に身を投じているような気になってくる。

来る前に写真で見ていたメインの神殿、大ジャガーの神殿と呼ばれるピラミッドの前の広場ではマヤの人々が老若男女を問わずに葉巻のようなものをふかして何かお祈りでもしているような光景を目にする事が出来た。

それが雨乞いの儀式だったのかどうかはわからないが、昼過ぎに雨は堪え切れなくなった涙のようにぽつぽつと降り始め、しまいにはざぁざぁと音を立てて降るようになってしまった。

そんな雨で一瞬気が萎えたのは事実だったが、雨に濡れるピラミッド達は怪しさを増して何だかとても魅力的だった。特に5号神殿と言われるピラミッドは周囲をジャングルに囲まれているにも関わらず、修復が進んでいてほぼ元通りと思えるようなビシッとした姿を見せてくれた。

こういう遺跡に対する想いも連れ合いが居る事で楽しみ方が変わってくる気がする。一人で静かに眺めるのも良いのだけれど、大昔の人々がここでどのように暮らし過ごしていたのかを話し合っていると、自分にはない想像力が話し相手から自分に入ってくるのが面白いし何より自分の想像力が広がった気がするのだ。

雨に煙るティカルは1人旅が長くなり幾らか頭が固くなりかけた僕の頭を柔らかくしてくれたかもしれない。長旅ですり減った僕の好奇心が友人の想像力や好奇心によって再び補充されたような気がしたのだ。

やっぱり「旅は道づれ余は情け」って言葉が好きだなぁ、と遺跡を眺めながら再認識。

こうして誰かと共にした美味しかった食事のように、忘れられない場所がまた一つまた一つと増えていくのだ。

#グアテマラ #ティカル

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