ベトナム~河口-ハノイ-フエ~

2006年11月12日

 

前回の日記を書いた日の夜は、宿を変えて体が休まるかと思いきや、ここもまた連れ込み宿だった。夜、近くの飯屋で飯食ってシャワー浴びてから座薬投入を済ませる。 


寝る準備万端だったのに、鉄製のシャッターで区切られた隣の部屋に娼婦登場。話は丸聞こえ。その部屋の男は50元(750円くらい?)で女と交渉を済ませ、娼婦が部屋に入り一戦が始まった。男が上手いのか、娼婦の演技が上手いのか、かなり本気の勝負。 


途中におしゃべり休憩を入れながら小一時間。宿のお姉さんの子供の泣き声と、女のあえぐ声が入り混じる異空間。一線終わり、女が出て行って一安心。 


しかし、今度はベッドの木をネズミか何かがかじっているようで、枕元でガサガサ音がして眠れない。 


翌朝全てが面倒になって、情報収集できないままベトナム入りを決行。河口の入管からベトナム側のラオカイへは徒歩。あっけないくらい簡単にベトナム入国。 


お昼ごろに国境を越えた。そのままハノイに行ってハノイロックスを聞くために列車の時刻をチェックしに駅へ。駅といっても、小さな田舎町の駅。人もまばらだった。 


一番早く出る列車は19時。切符も16時30分にならないと買えないらしく、外に出て飯を食ってみたり、ネットカフェに入ってみたり。結局は駅の待合室で列車を待ち、18;30頃に列車に乗り込んだ。 


一番安い座席は木製のベンチシート。東海道線のような感じで二人がけの座席が向き合い、4人で一区切りの座席。夜行列車なのに、気がつくと席はほぼ満席。小さな子供をつれた大所帯に囲まれる。 


ベトナム語もまったく分からないので、最初はひたすらじっとしてたが、気がつくとみんなの興味を引いてしまった様で、お茶やタバコやゆで卵、更にはもち米で作ったおむすびまで貰ってしまう。 


日付が変わる頃、一家の長である50を過ぎたくらいのおじちゃんは、何かのフルーツを漬けた自家製のリキュールを、息子と思われる男たちと飲みはじめた。奥さんや子供たちはベンチシートの足元にビニールシートをひいて寝始めてるというのに。 
これまた自家製の竹で作った水パイプのタバコとリキュールを交互に楽しむ。 


俺も気がつくと、その強い酒を何度も飲まされていて、みんなとジェスチャーで会話。しばらくすると、他の乗客を含めて、3人くらいの男の住所と電話を書いたメモ書きを渡された。また会おうな、そんな話をしていたのかもしれない。僕はみなの写真を撮って、後で送るからね、と身振り手振りで伝えた。 



結局、眠れないまま朝の4時半頃にハノイ到着。列車を降りると、一家の長は飲みすぎたらしく線路脇で吐いていた。 



まだ暗かったので駅の待合室で少し待機してから、客引きに連れられるままにホテルへ。安い宿を探す気力もなく、6ドルの部屋にきめた。朝6時頃のチェックインだった。すぐに横になり夕方まで寝た。 


その晩は物価もいまいち分からず、後で知ったのだが、ビアホイというビアガーデンのような所で通常の6~7倍ぼられ、宿の従業員たちには次はどこへ行くのか?チケットを買わないか?と会うたびにしつこく言われる。翌朝は早く起きて、ホー・チ・ミン廟を見に行ってみたり、6時間くらいかけて町を歩いた。 



看板の文字と聞こえてくる言葉がベトナム語なだけ。中国の文化が色濃いのだ。騒々しいが興味のわかないハノイ。なんだか湖のほとりでハノイロックスをIpodで聞いたら、もうハノイに用は無い気がした。この町に深く入れこむ必要はない、そう感じてその日のうちにハノイを離れることにした。 



そして、昨日の夜にハノイからバスに乗り14時間ほど。フエというベトナム中部の町に着いた。肌を刺すような日差しと、時おり吹いてくる風が心地いいです。

ラオカイの駅 駅周辺はさびしい感じ

ラオカイからハノイへの夜行列車 言葉はあまり通じなかったが、乗り合わせた人たちの優しさが嬉しかった

ホー・チミン廟とベトナム国旗 ベトナムでは国旗を掲げているのをよく目にした

ちょうど2006年のAPECベトナムの時期にハノイに滞在してた

ホー・チミン廟 衛兵が直立不動で警護していた

名物バイクの行列

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